「偏頗弁済」とは|友達にだけ借金を返すと問題になる?
債務整理をする場合、実務上よく問題となるのが、偏頗弁済(へんぱべんさい)です。
例えば、自己破産は、免責許可決定が出ると、非免責債権(滞納した税金等)以外の全ての債務を支払う必要が無くなる債務整理の方法ですが、友人からお金を借りていた場合、お金を返して貰えなくなる友人は怒るでしょうし、自宅の家賃を滞納しているケースでは、大家も、滞納している家賃を請求出来ないならば立ち退きしてもらう、と言い始める恐れがあります。
そのため、自己破産をしようとする人は、しばしば、こういったトラブルを避けようとして、手続前に、友人や大家など、特定の相手にだけ、先に借金を返済してしまうことがあります。
このような行為を、「偏頗弁済」と言います。
このコラムでは、偏頗弁済がなぜ問題なのか、偏頗弁済をするとどんなペナルティがあるのかなど、債務整理をする場合につきものの「偏頗弁済」について、わかりやすく説明します。
1.偏頗弁済とは
「偏頗弁済」とは、簡単に言えば、ある特定の債権者だけに、優先的にお金の支払いなどをして利益を与えることをいいます。
偏頗弁済をすると、最悪の場合、自己破産や個人再生が認められなくなるリスクが生じます。
では、どのようなものが偏頗弁済に当たるのか具体的に説明していきましょう。
2.偏頗弁済の具体例
偏頗弁済は、多くの方が犯してしまいがちな過ちです。
それは、偏頗弁済は、生活に身近なお金の支払いの場面で、しばしば問題になるからです。
(1) 友人や親族からの借金の返済
第一に偏頗弁済が問題になりやすいのは、なんといっても、友人や親族からの借金です。
相手との人間関係を壊したくない余りに、なけなしのお金をその人にだけ支払ってしまおうとすると、偏頗弁済になってしまう可能性があります。
(2) 住宅ローンや自動車ローンの一括払い
個人再生の場合には、住宅資金特別条項という特例があり、裁判所が許可すれば、住宅ローンをそのまま返済し続けても偏頗弁済とせずに自宅を残すことが出来る制度があります。
一方、自己破産の場合、住宅ローンが残っているマイホームは、債権者のために処分されてしまいます。
また、ローンが残っており所有権がローン会社に留保されている自動車は、自己破産をする場合も個人再生をする場合も、基本的に、ローン会社に引き揚げられてしまいます。
自動車ローン完済まであともう少し、という場合であっても、残りのローンを返済すると、偏頗弁済の可能性があります。
(3) 滞納した家賃や水道光熱費
家賃や水道光熱費などのうち、契約に基づく毎月の支払いは、生活に必要な支払いですから、借金を返せない状態で支払っても偏頗弁済にはなりません。破産法上の非免責債権である税金や子どもの養育費等も、同じような扱いを受けます。
もっとも、既に滞納が生じている場合には、話は別です。滞納している家賃の支払いは、偏頗弁済となるおそれがあります。
水道光熱費の支払いも滞納分に関して言えば、偏頗弁済になる可能性があります。
しかし、生活に必要な支払いですから、裁判所の判断次第で偏頗弁済とされないことがよくあります。
水道光熱費は支払い時期など細かい事情で手続の中での扱いが異なるため厄介です。
弁護士に現状を正確に伝えてその助言のとおりに動き、勝手に支払いをしないよう注意しましょう。
また、税金についても、他人に立て替えて支払って貰っている場合は、その立て替え分の支払いは偏頗弁済になります。
(4) スマホ・携帯電話の本体割賦払い・滞納している通信料
家賃や水道光熱費と同じように、スマホや携帯電話、インターネット等の通信料も、滞納していなければ問題ありませんが、滞納分の支払いは偏頗弁済になる可能性があります。
さらに、スマホ本体の端末代金の割賦払いを通信料と合わせて支払っている場合は、この割賦払いも偏頗弁済になります。
端末本体の割賦払いは、自動車ローン等と同じような扱いになりますから、仮に毎月の端末代の支払いが滞納していなくても、偏頗弁済になってしまうのです。
以上のような、偏頗弁済が生じやすいケースを確認したところで、次に、偏頗弁済をしてしまったら、具体的にどんな不利益を受けてしまうのかを説明します。
3.偏頗弁済をしてしまった場合のリスク
(1) 自己破産におけるリスク
偏頗弁済は、自己破産手続の中では、法律上の「免責不許可事由」の一つとされています。
免責不許可事由とは、借金を免除するには不適切な事情として法律に決められているものです。
免責不許可事由である偏頗弁済をしてしまうと、
- それがなければ同時廃止で処理出来たであろう事案が管財事件となり、手続の費用(管財人報酬など)の負担が増える
- 管財事件になると、手続が重くなる(管財事件では、郵便物の転送、転居・旅行の制限など、日常生活上の負担も生じます)
- 最悪の場合は、せっかく破産手続をしたのに、借金が全く免除されない(免責が不許可となる)
などの可能性が生まれてしまいます。
また、せっかく偏頗弁済したとしても、その支払いは、破産管財人の「否認権の行使」により、支払先から回収され(すなわち、その偏頗弁済がなかった状態に戻され)、債権者に分配される破産財団に組み入れられてしまいます。
なお、同時廃止と管財事件の違いについては、是非以下のコラムをお読みください。
[参考記事]
自己破産の管財事件と同時廃止の違いとは
(2) 個人再生におけるリスク
個人再生においても、偏頗弁済については、ペナルティがあります。
個人再生手続では、自己破産手続と異なり、法律上、否認権の行使が認められていないので、再生債務者の行なった偏頗弁済を否認して、返済分を再生債務者の財産に組み戻すことは出来ません。
しかし、偏頗弁済された金額は、本来は現在も再生債務者が保有していた筈の資産として扱われ、清算価値(仮に自己破産を選択した場合の、債権者に対する見込み配当額)の計算に加えられることになります(前述の通り、自己破産では、否認権を行使して組み戻した金額を含めて破産財団が構成されるので、それとパラレルに算定されるものです)。
清算価値が最低弁済額を超える場合には、清算価値が再生計画に基づく返済総額となるので、個人再生で返済しなければならない総額が増加する可能性があるのです。
もし、偏頗弁済された金額を清算価値に加えずに再生計画を作成、提出すると、再生計画が不認可となり個人再生を行うことが出来ない可能性もあります。
また、個人再生手続の申立が、そもそも破産手続で否認権が行使されることを回避するという不当な目的で行なわれたものと裁判所が判断した場合は、申立自体が棄却となる可能性もあります。
例えば、申立直前に、再生計画上の返済総額に影響が生じる程の高額な偏頗弁済がされたにも拘らず、相手方との間で事前に任意の返還交渉を全く行なわないまま、いきなり個人再生手続が申し立てられた場合には、「否認逃れ」ではないかとの疑いが強いと言えます。
(3) 任意整理では問題とならない
一方で、自己破産や個人再生と違い、任意整理では、偏頗弁済は問題となりません。
任意整理は、債権者と債務者の合意に基づき一部の債権者と任意に将来利息のカットをする方法を採ります。自己破産や個人再生のように、強制的に債務が減らされることはありません。
これに対し、自己破産や個人再生では、債権者全員が強制的に債務を減らさせられるので、次項で説明する「債権者平等の原則」に則る必要があり、偏頗弁済が問題となるのです。
ただし、注意が必要なのが、まず、一部の業者について任意整理を選択したが、その後、自己破産や個人再生に方針を切り替えた、というケースです。
例えば、ある債務者にA・B・Cという債権者がいて、このうちAとBの任意整理を弁護士に依頼し、Cに関しては本人で返済を継続することにした、というケースを仮定した場合、AとBに関しては、弁護士の介入通知から和解成立までの間は、本人からの返済はストップすることになります。
その後、AやBとの和解交渉が難航して和解が纏まらない等の理由で、和解金支払い前に自己破産や個人再生に方針を変更した場合、その時点で初めて、弁護士はCにも介入通知を送り、本人からCへの返済をストップします。
しかし、AとBの任意整理を依頼した時点から自己破産・個人再生に方針変更した時点までの期間に注目すると、債務者は、弁護士介入後に、AとBには返済をせず、Cにだけ返済している状態なので、この間のCへの返済が、破産・再生手続上、偏頗弁済とみなされてしまいます。
(4) 偏頗弁済は「債権者平等の原則」に反する
偏頗弁済が許されない理由は、偏頗弁済が、「債権者平等の原則」という、破産・再生手続上の重要なルールに反する行為だからです。
「債権者平等の原則」とは、裁判所を使って法的に借金を整理する場合には、債権者は平等に扱う、つまり、一部の債権者だけに得をさせてはいけないという、全ての債権者を保護するための原則です。
債権者全員が平等に損失を負担し、債権額に応じて平等に配当や返済を受けることで債権者全員の保護を図ります。
それにも拘らず、一部の債権者だけに支払いをしてしまうと、その債権者だけが得をすることになります。
そのため、偏頗弁済は、債権者平等の原則に反する、不公平で不適切な行為として、免責不許可事由になっているのです。
4.いつから偏頗弁済となるのか
返済が偏頗弁済になってしまう条件をかみ砕いていえば、以下の通りとなります。
- ある債権者に対して負っている借金などお金を支払う義務、つまり債務について、
- その債権者に利益を与えるため、または、他の債権者に損害を与えるとわかって、
- 別に約束したわけでもないのに、または、約束よりも早く、
- その債権者にだけ、お金の支払いなどをすること。
2は、「全ての債務を支払えるわけではないと分かって」支払いをしたことと言い換えることが出来ます。
全ての債務を支払えるだけのお金があるなら、支払いをしても他の債権者に損害は生じないからです。
一部の債務でも返済出来ない状態は、「支払不能」とも呼ばれます。
支払不能となる時期は、個別具体的に判断されますから一概には言えませんが、一般的には、遅くとも、「弁護士に相談する直前」には支払不能になっていたとされていますので(そのため、破産や再生手続では、最初に弁護士の介入通知が出された日を裁判所に申告することが要求されています)、その時点から偏頗弁済になる可能性があり、返済はストップすべきです。
ちなみに、返済期限前の返済や分割払い契約を一括返済することや、既存の借金のために新たに担保を設定すること等も、偏頗弁済に含まれます。
5.偏頗弁済はどうしてバレるのか
(1) 自己破産の場合
自己破産では、自己破産の申立人の財産状況を事前にしっかりと調査をしておく必要があります。基本的に、破産者の財産は、換価して、債権者への配当に充てなければならないからです。
弁護士を代理人として申立をすれば、同時廃止が認められることが多いですが、その分、弁護士が事前にしっかりと財産状況を調査することが求められていますので、決してごまかしきれるものではありません。
(2) 個人再生の場合
個人再生をする場合は、申立の際に、陳述書と一緒に給与明細書や預金通帳、家計収支表、などの書類を裁判所に提出する必要があります。
これらの書類を突き合せれば、大きな出金はすぐにバレてしまいます。
6.偏頗弁済のリスクを回避するには
偏頗弁済のリスクを回避するには、当然ですが、偏頗弁済をしないことが重要です。
最後に、先ほどの具体例の場合に、偏頗弁済をしないでどのように対処すればよいのか、また、既に偏頗弁済をしてしまった場合にはどのような対応をすればよいのかなどの対策をまとめます。
(1) 友人や親族からの借金
ともかく相手に謝りましょう。友人や親族に偏頗弁済をしてしまっても、たいていの場合は、破産管財人に取り戻されてしまいますから意味はなく、迷惑をかけるだけです。
誠心誠意、謝って、人間関係へのダメージを最小限に抑えるよう努力してください。
(2) 住宅ローンや自動車ローン
自己破産をする場合
マイホームを親族に買い取ってもらい、その代金や親族からの援助資金でローンを返済したあと、親族から借りることで、住み続けること自体はできます。
しかし、高額な財産であるマイホームを、自己破産直前に親族に売却すると、本来配当される筈の財産を、不当に安く他人に売却して、意図的に配当金を減らしたのではないか、と裁判所に疑われるおそれがあります。
このような行為は、「詐害行為」と呼ばれる免責不許可事由になる可能性がありますので、専門家とよく相談し、慎重な手続が必要です。
自動車も同様ですが、基本的には、今持っている自動車は諦め、自己破産した後にお金を貯めて中古車を買った方がよいでしょう(どうしても自己破産する前に新しい車を購入する必要がある場合、代金の「ツケ」が残る形で購入することは、その時点で借金を増やすことになり、かつ、その「ツケ」部分の返済をすることは、やはり偏頗弁済となるので問題です)。
なお、現在の価値が20万円以下の中古車であれば、裁判所によっては、そのまま処分せずに破産者の手元に残すことを認める可能性もあります。
個人再生をする場合
個人再生をする場合に、自宅の住宅ローンが残っているならば、迷わず先述した住宅資金特別条項の利用を検討すべきです。
他方、自動車ローンの返済は、次項で解説する親族などにローンを完済してもらう「第三者弁済」という方法が考えられます。
(3) 滞納した家賃や水道光熱費
滞納した家賃や水道光熱費は、家計が別の親や子どもなど親族に代わりに支払ってもらいましょう。
このように立て替え払いしてもらうことは「第三者弁済」と呼ばれています。
「家計が別の」としたのは、まず、家計が同じ妻や夫に払ってもらうと、実際は債務者本人が支払ったのではないか(名前だけ別人を利用したのではないか)と疑われる恐れがあるからです。
また、「親族」としたのは、友人に払ってもらうと、友人からお金を借りたのではないかと疑われる恐れもあります。
いずれにせよ、第三者弁済をする場合は、当該第三者と債務者本人との間でお金が移動しておらず、第三者が、第三者自身のお金で、債権者に直接返済していることを説明出来る資料を残すことが大切になります。
しかし、どうしても第三者弁済が難しい場合には、裁判所に当該支払いを偏頗弁済と扱わないようお願いすることも考えられます。
滞納しているとはいえ、もとは生活に必要な支払いであり、滞納を解消しなければ、アパートから退去させられる、水道や電気を止められるなど、重大な影響が生じ、生活が成り立たなくなる恐れがあるからです。
実務上、その返済金額が小さい場合には、裁判所が事実上見逃してくれることもあります(但し、形式的には偏頗弁済に該当する行為ですから、100%見逃してもらえる保証はありませんので、まずは偏頗弁済を避けるための努力を尽くすべきことは変わりません)。
(4) スマホ・携帯電話の本体割賦払いや、滞納している通信料
第三者弁済や裁判所へのお願いなどの手段は同じです。
もっとも、契約解除による生活へのダメージという観点からいくと、やはり前述の水道光熱費や家賃には劣後するので、滞納分の偏頗弁済を事実上見逃すか否かという裁判所の判断も、水道光熱費や家賃よりシビアになることも予想されます。
万一、スマホ等が解約されてしまった場合は、プリペイド携帯を活用する等してください。
既に偏頗弁済をしてしまった場合には、決して隠そうとせず、裁判所や破産管財人に正直に話すなど、誠実な態度をとることが何よりも重要です。
偏頗弁済を、いつ、だれに、いくらしてしまったかなどの具体的な説明を、破産管財人や個人再生委員などに丁寧に行なってください。
偏頗弁済をしてしまったことをしっかりと反省し、破産管財人や個人再生委員などの調査にしっかりと協力してください。
反省を態度で示すことで、少なくとも、借金が免除されないリスクは免れることが出来るでしょう。
7.まとめ
いつ、どのような支払いが偏頗弁済となってしまうのかは、本コラムでは大まかな説明しかしていません。
その詳細は事細かで分かりづらく、また、現実にどのような場合が問題となるのか、具体的な判断をするための説明をすることは難しいためです。
当然、専門的知識・経験を持たない方にとっては、偏頗弁済になるかの判断は困難な場合があるでしょう。
偏頗弁済をすると、自己破産や個人再生で不利益を受けるおそれがあります。
借金の支払いにお困りの方は、一刻も早く弁護士にご相談ください。
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